
日本からおよそ14,000km離れた南極・昭和基地では、気候変動や地球環境、宇宙、生物と幅広い観測が続けられています。その観測活動と隊員の挑戦を、KDDIは「通信」の側面から支えてきました。第67次観測隊の島田 裕美さんも、KDDIから出向し、現在は国立極地研究所の職員として、昭和基地で通信を支える任務にあたっています。
島田さんが観測隊になるまでの道のりとその仕事についてはこちら
KDDIから南極へ① 昭和基地を目指した女性社員の挑戦
今回の記事では、南極観測70周年を記念して開催中の特別展「大南極展」(東京・日本科学未来館)の展示も交えながら、南極でどんな観測が行われているのか、その観測活動を通信がどのように支えているのか、そしてKDDIがなぜ南極に関わり続けるのかを紹介します。
南極での観測は、地球の過去と未来を知ること
日本の南極観測が始まったのは1956年11月8日。第1次南極地域観測隊を乗せた南極観測船「宗谷」が東京を出港し、翌1957年1月29日に昭和基地が開設されました。
昭和基地とその周辺では、ペンギンの個体数調査、大気やオゾンホールの観測、自律型無人探査機(AUV)による海洋観測、オーロラや地質の調査、隕石調査など、さまざまな調査や観測が行われています。南極観測70周年の特別展「大南極展」は、この広がりを10のエリアで展示しています。南極を知ることは、地球の過去と未来を知ることでもあります。
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短波の写真電送から8Kリアルタイム伝送まで、70年
さまざまな観測や調査で得られたデータやサンプルは、「通信」でつないで価値が生まれる場合も多くあります。
KDDIと南極の関わりは、前身の国際電信電話株式会社(KDD)が1956年の第1次南極地域観測隊を支えた時代に始まります。
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1956年11月8日、「宗谷」の出港とともに、短波無線による写真電送が始まりました。翌1957年1月29日に昭和基地が開設されると、初めての氷山の写真が日本へ届きます。送れる情報量は限られ、モールス信号の電報と電話、写真電送が中心でした。
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1970年には第12次南極地域観測隊にKDDから隊員が参加し、オーロラ観測のために打ち上げたロケットのデータを記録する任務にあたりました。1979年にはNHKが南極から通信衛星を通じた生中継を実施。アンテナや機材を分解してヘリコプターで基地へ運び、厳寒のなかで組み立てました。
環境が変わるのは1980年代です。1981年には衛星通信設備(インマルサットの船舶地球局設備)が昭和基地に導入され、日本との通信環境が大きく向上しました。1984年には基地内に本格的な通信設備が整備され、テレックスとG3ファクシミリといった文字によるメッセージの送受信やファックス通信が可能になります。1985年のつくば万博では、昭和基地と日本を結んだテレビ会議も実施されました。
そして2004年には、より大容量のデータ通信が可能なインテルサット衛星通信システムが導入されます。これにより、観測データのやり取りやインターネット利用など、昭和基地の通信環境は大きく進化しました。
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KDDIは、インテルサット衛星通信設備の運用開始にあわせ、2004年12月に昭和基地入りした第46次隊以降は、毎年1名の社員がLAN・インテルサット担当隊員として国立極地研究所へ出向しています。任務は、衛星通信システムと基地内ネットワーク全般の保守・運用です。
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いまKDDIから派遣され第67次観測隊として昭和基地で任務にあたる島田 裕美さんは、インテルサットのパラボラアンテナと通信設備のメンテナンスは、重要かつ責任重大な役目だといいます。衛星を遮るものがない状態でインド洋の赤道上空を見通すために、アンテナを収めた「インテルサットレドーム&シェルタ」は基地の主要部から約400m東、徒歩10分の海沿いに設置されています。道路も重機もなく、資材はすべて人力で運びます。
「ブリザードで外出ができない日以外は毎日通い、設備のメンテナンスや除雪を行います。海沿いのため、基地主要部よりも風が強く、時にはロープをたどって進む日もあります」(島田さん)
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約36,000km先の衛星を捉え続けるアンテナの駆動部には、年1回のグリスアップ(給油・給脂)が欠かせません。作業の際は通信の停止を伴います。
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仕事は通信設備の保守だけではありません。南極で建設作業ができるのは、地面が見える短い夏の間だけなので、研究者も医師も調理担当も関係なく、本来業務の合間をぬって加わります。島田さんも志願し、新夏宿舎の屋根材の施工を行いました。2022年12月に昭和基地入りした第64次隊から続くこの工事は、竣工までにさらに10年以上を要すとのことです。
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「建設に関わる隊員の多くは、完成した建物を実際に使うことも、その姿を自分の目で見ることもできません。それでも、自分が建設にかかわった建物が、今後数十年にわたり南極で使われ続けると思うと、充実感がこみ上げてきました」(島田さん)
Starlinkを使った8K映像リアルタイム伝送も可能に
第62次南極地域観測隊員としてKDDIから国立極地研究所に出向し2020年から22年にかけて昭和基地で活動した阿部 公樹は、当時の通信環境についてこう振り返ります。
「インド洋上の静止衛星を経由する当時の回線は速度が遅く、通信容量のひっ迫が頻繁に起こっていました。テキスト中心のウェブページも、みんなが使っていると混雑して開けない。回線を譲り合う日もありました。当時、8Kのカメラを南極に持ち込むことはできても、ライブ伝送は厳しく、撮影した映像は日本に持ち帰って見てもらうしかありませんでした」(阿部)
そのライブ伝送が実現したのは、阿部の帰国後です。2022年11月11日、インテルサット(衛星通信回線)とKDDI総合研究所が開発した遠隔作業支援システムを使って、世界初となる南極からの8K映像リアルタイム伝送に成功。2024年2月13日にはStarlink(スターリンク:衛星通信回線)を使った8K映像リアルタイム伝送の実証実験にも成功します。
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世界初、南極からの8K映像のリアルタイム伝送に成功についてはこちら
「リアルタイムで南極から8K映像を届けられるようになるとは想像していませんでした。それが今では、高精細な映像をそのまま日本へライブ中継できる。地道な研究や技術開発の積み重ねで、ここまで進化してきたことに感激しています」(阿部)
特別展「大南極展」の会場でも、8K映像のライブ中継を行っていました。管理棟の窓に設置したスマートフォンで撮影した8K映像が、Starlinkの衛星回線を通って会場に届くのです。
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来場していた家族は「14,000km離れた南極の映像が、リアルタイムで見られるなんて」と画面に見入っていた
南極観測船の「しらせ」にStarlinkが導入されたのは、2024年末に日本を出発した第66次隊からです。第65次隊以前の船上は、30分から1時間に1回届くメールと音声通話のみでした。
数年で大きく変わった通信環境は、観測活動そのものにも影響を与えています。
たとえば、第67次隊の島田さんが参加した夏期間は、昭和基地周辺が例年にない大きな乱氷に覆われ、物資輸送や観測計画の見直しが必要になる事態となりました。
国立極地研究所、昭和基地、そして南極観測船「しらせ」乗船中の観測隊との協議は連日続き、予定していた氷河観測を延期し、まず昭和基地へ向かうことが決定されます。
「オンライン会議は毎日長時間におよび、Starlinkが無ければこの協議はもちろん、計画変更自体が成立しなかったのではと思います」(島田さん)
また、Starlinkにより、昭和基地を離れた野外観測拠点からもインターネット通信ができるようになり、トラブル発生時には基地だけでなく国内の専門家とも連携しながら対応できるようになりました。
3Dで見る。遠隔地の現場共有が変える南極の仕事
8Kのリアルタイム伝送の次に来るものは何か。KDDI総合研究所は国立極地研究所とともに、南極にいる隊員を支援するため、現地の状況を3Dとして共有する研究に取り組んでいます。そこから生まれたのが、スマートフォンの映像から3D写真を高速に作る技術です。
KDDI総合研究所は、3D写真の組み立てに特に大事な写真だけを選び出す仕組みを開発し、3D写真の生成速度を従来の5倍に高速化しました。
特別展「大南極展」のKDDIブースでは、来場者向けにこの技術を体験できるコーナーが用意されています。スタッフが来場者をスマートフォンで撮影すると、約15秒で3D写真が生成されます。その姿を南極の風景をイメージした背景に重ねて、3Dディスプレイでさまざまな角度から眺められる、家族で楽しめる体験としました。(体験は金・土・日のみ)
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この技術の狙いは点検などを目的とした遠隔地の現場共有です。南極の設備を隊員に動画で撮ってもらい、その映像を3Dデータ化して日本側で確かめる。遠く離れていても、専門家が現地の様子を正確に把握することで、修理や操作を支えられます。同研究所の今野 智明は、「私たちは3DGS(※)と呼ばれる新しい3D表現形式のデータを高速につくる技術の研究開発を行っています。このような3D技術や高速な通信を組み合わせることで、現地で撮った動画からすぐに3D化できるようになり、日本からの操作のサポートや撮り直しの指示など現地へのタイムリーな支援が可能になると考えています」と話します。
※3D Gaussian Splatting
動画から必要な画像のみを選定 3DGSの3Dモデル生成を高速化する技術を開発についてはこちら
元隊員の阿部も、「制限の多い南極という極限環境だからこそ、最新の通信と映像処理技術によって遠隔から設備の状況を確認できるようになれば、隊員の負担軽減や安全確保、業務効率の改善にもつながります」と、遠隔点検に期待を込めます。
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ブースではほかにも、大型雪上車の3Dモデルを、昭和基地の隊員が撮影したデータから作成したものも展示。来場者はコントローラーで視点を動かし、雪上車の細部まで観察しながらクイズの答えを3Dモデルの中から探し当てるゲーム感覚の体験を楽しめます。
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なぜ南極地域観測隊を支援するための研究開発を続けているのか。
「南極にいる隊員の方々はある程度限られた人数、かつ通信環境なども限られた条件下で多くのミッションにチャレンジされています。通信や映像のテクノロジーを進化させ、ミッションの遂行やその土台となる生活の質を高めることに役立てていければと考えています」(今野)
こうした技術は、研究や観測だけでなく、昭和基地で働く隊員たちを支えることにもつながります。
来場者が感じた、南極の印象は?
特別展「大南極展」の会場をまわってきた子どもたちに南極の印象を尋ねました。
ある男の子は「来る前までは『寒い』『ペンギンがいる』というイメージでしたが、人がたくさん派遣されているのがわかりました。南極に基地があって、そこでみんな暮らしているのを、最初は知らなかったから驚きです」と、目を輝かせながら答えてくれました。
観測の歴史のエリアで、子どもが長く足を止めていたと話す母親は、「観測隊がずっと挑戦してきたところを見て、こんなに昔から何回も挑戦して、やっと南極点に到達できたんだという歴史の長さを、じっくり見ていました」と話します。みなさん、南極が、ただの「寒い場所」から、「人が挑み続けている場所」へ意識が変わったようです。
3Dの体験を、新鮮に感じた子どもたちも多くいました。
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遠くにいても、つながれる
短波無線の写真電送から、Starlinkによる8Kリアルタイム伝送、そして3Dデータ伝送へ。70年かけて進化した通信技術は、単に情報を届けるだけではありません。
観測隊員や研究者の挑戦を支え、遠く離れた場所にいる人たちをつなぎます。
「遠くにいても、つながれる。南極にいても日本にいても、近くにいるかのように感じながらコミュニケーションが取れる。お互い支え合える、そういうことを実現していきたいです」(今野)
会場で目を輝かせていた子どもたちの好奇心を後押しすること。それも、KDDIが大南極展に特別協賛する理由のひとつです。
地球の未来を知ろうとする研究者たちの挑戦。
南極で観測や研究を支える観測隊員たちの挑戦。
そして、未知の世界に興味を持ち、新たな一歩を踏み出そうとする子どもたちの挑戦。
KDDIはこれからも通信の力で、人と人をつなぎ、未来をつくる人たちの挑戦を支え続けます。
南極観測70周年記念 特別展「大南極展」
KDDIは本展に特別協賛しています。南極観測の歴史や最前線の研究、南極で働く人々の姿を体感できる展覧会です。この記事で紹介した昭和基地の通信や、KDDI総合研究所の3D技術も、会場で実際に見て、触れることができます。
■開催期間:2026年7月1日(水)~9月27日(日)
■会場:日本科学未来館(東京都江東区青海2-3-6)
■公式サイト:https://dainankyokuten.jp/
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