KDDIから南極へ。昭和基地を目指した女性社員の挑戦

南極・昭和基地。
地球上でもっとも過酷な環境のひとつで、KDDIが通信で観測活動を支えています。
KDDIは国立極地研究所に毎年1名の社員を送り出し、南極地域観測隊の一員として昭和基地のネットワークや衛星回線の運用保守を担当してきました。
第67次南極地域観測隊 LAN・インテルサット隊員として昭和基地で活動する島田 裕美さん。49歳で新たな挑戦を選んだ島田さんに、南極へ向かった理由と、その仕事について聞きました。

なぜ南極に?49歳で挑んだ新たな一歩

島田 裕美さん。提供:国立極地研究所
島田 裕美さん。後ろに見えるのは、島田さんが南極・昭和基地で保守運用を担当している「インテルサットレドーム&シェルタ」。 提供:国立極地研究所

――南極に行くまで、KDDIでどのような勤務を行っていましたか?

それまでは、KDDIのネットワークを監視するセンターで勤務していました。
子育ても一段落し、職場環境にも恵まれ、このまま定年まで――そんな将来を思い描いていました。
それでも、心に残った問いがありました。「このままで、やり残したことはないだろうか」
そう思っていた時に出会ったのが、「南極観測隊」の社内公募でした。「これだ」と思いました。
極限の環境で自分を試しながら、KDDIに復帰した後に南極での経験をフィードバックできる。そう考え、挑戦を決意しました。

――KDDIの公募にはどんな条件がありましたか?

50歳未満であること、健康であることなどありますが、インテルサット衛星通信設備の保守を担当するため、国家資格である第一級陸上特殊無線技士、もしくはその上位資格の保有者である必要があります。
その条件を満たすため、せっかくなら、その上位資格の第一級陸上無線技術士を取ろう!と挑戦し無事取得しました。年齢ぎりぎりの49歳で社内公募に合格し、晴れて南極行きの社内候補者に選抜されました。

――南極に行くまでどのような準備がありましたか?

選抜後、すぐに南極へ向かうわけではありません。
まずは国立極地研究所の担当SEとして、昭和基地や観測船「しらせ」のネットワークを理解する準備から始まります。
ほかにも身体検査が行われます。観測隊員の中には医師もいますが、基地内で高度な医療はできません。ですので南極に行く前に、多岐に渡る精密検査をし、病気がないか徹底的に調べる必要があります。ほかにも冬山での一週間にわたる冬期総合訓練などを経て、ようやく67次隊の隊員に正式に任命され、南極行きのスタートラインに立つことが出来ました。

――国立極地研究所(極地研)に派遣後の活動を教えてください。

昨年7月から国立極地研究所(極地研)での業務が始まりました。観測船の「しらせ」が出港する11月初旬までに南極で活動するために必要な業務物資を調達し、しらせに積み込みます。荷物を積み込むのも隊員全員で協力して行います。

「フォークリフトの免許は取得していましたが実務は初めての経験でした」(島田さん)。提供:国立極地研究所
「フォークリフトの免許は取得していましたが実務は初めての経験でした」(島田さん)。提供:国立極地研究所

隊員は全員救命救急訓練(AED・心肺蘇生術など)を受けますが、越冬隊員は加えて消防署で消火の仕方を学びます。昭和基地には119をかけても消防隊もレスキュー隊も来ません。自分たちが消防隊であり、レスキュー隊であり、救急救命隊。担当業務を超えて人命だけでなく“昭和基地そのもの”を守る必要があります。

「通信を守る」という仕事

――南極・昭和基地での島田さんの業務を教えてください。

私たちLAN・インテルサット隊員のメイン業務は、インテルサット衛星通信設備の保守・運用です。南極・昭和基地では、インテルサットと呼ばれる衛星を中継した通信を主として使用しており、かつて昭和基地内の衛星通信アンテナの設置をKDDIが受注したことから、その保守や基地内のネットワークの管理を歴代のKDDI関係者が担ってきました。私は、KDDIから参加した22人目の越冬隊員です。
基本的に一人で、昭和基地内の通信のすべてを担うわけですから、通信に関する幅広い知識や技術が必要となります。

提供:国立極地研究所

昭和基地の通信についての詳細はこちら(外部サイト)

南極の昭和基地にあるパラボラアンテナの対となるアンテナが、KDDI山口衛星通信所(山口県)に設置されています。そのため、山口衛星通信所にて運用保守訓練を受けます。この訓練にはKDDIからの派遣者でない多目的アンテナ担当の方にも参加いただいています。
専門性の高い分野だからこそ、他の隊員とも連携しながら、互いに知識を共有し支え合う必要があります。
南極での通信は、単なるインフラではありません。観測をつなぎ、人をつなぎ、日本と極地をつなぐ“生命線”なのです。

昭和基地との通信を行っているKDDI山口衛星通信所側のパラボラアンテナ。「この電波の先(昭和基地)に自分が行くなんて、この時はまだ実感がなく不思議な感覚でした」(島田さん)。提供:国立極地研究所
昭和基地との通信を行っているKDDI山口衛星通信所側のパラボラアンテナ。「この電波の先(昭和基地)に自分が行くなんて、この時はまだ実感がなく不思議な感覚でした」(島田さん)。提供:国立極地研究所

――その後、南極へ出発されたんですね。

2025年12月に南極に向け出発しました。
日本から観測船「しらせ」に乗ると思われる方もいると思いますが、隊員はオーストラリアまで空路で移動します。
オーストラリアから観測船「しらせ」に乗船し、南極へ向かう航海が始まります。

オーストラリアのフリーマントル港の岸壁から離れる、砕氷艦「しらせ」。提供:国立極地研究所 (2025年12月8日)
オーストラリアのフリーマントル港の岸壁から離れる、観測船「しらせ」。提供:国立極地研究所 (2025年12月8日)

LAN・インテルサット隊員として、最初に行う仕事が「しらせ」での通信環境の準備です。
出港までに、Starlinkのアンテナや船内ネットワークの点検を行います。

観測船「しらせ」からの景色。提供:国立極地研究所
観測船「しらせ」でStarlinkのアンテナの点検を行う島田さん。提供:国立極地研究所

――船内に通信環境があるんですね。

Starlinkを「しらせ」に最初に導入したのは一次前の66次隊でした。当時は観測隊公室(食堂)のみ、時間限定でのWi-Fi開放だったそうです。
今回の67次隊ではネットワーク構成を変更し、船内各所の観測室でもインターネット接続が可能になりました。とはいえ、まだ試験運用。契約容量も多くはありません。隊員全体の使用状況を聞き取り調査、使用状況のモニタリングも実施し、朝と夜の数時間だけ開放する運用としました。そのため、Windows Updateや各種アプリのクラウドバックアップの停止など、隊員の皆さんにも協力をお願いしました。日本では考えられない利用時間です。
それでも、「インターネットが使えるだけでありがたい」と言ってもらえることが多く、救われました。

――昭和基地が近づいてきた実感はありましたか。

南極大陸、昭和基地に近づいてきたなと実感する出来事はいくつかあります。
海氷の増加、視認できる氷山の数、気温の低下、そしてペンギンやアザラシの出現です。

観測船「しらせ」からの景色。提供:国立極地研究所
観測船「しらせ」からの景色。海氷の端には、好奇心旺盛なアデリーペンギンたちが「しらせ」をお出迎え。提供:国立極地研究所

これらに加えて、通信会社の社員として「南極が近い」とはっきり分かる現象がありました。Starlinkの通信速度が遅くなったことです。南緯55度を過ぎたあたりから、アプリはなかなか表示されず、ホームページを開くまでに時間がかかり、ほとんどつながらない場面もありました。これまでの日常のようにインターネットが当たり前には使えない。「地球の果てに来たんだな」という実感が、じわじわと湧いてきました。

提供:国立極地研究所
しらせが海氷上で停泊すると、アデリーペンギンの群れが次々に見学に訪れます。 提供:国立極地研究所

「通信がつながること」は、日本では当たり前かもしれません。
しかし南極では、その当たり前を維持するために多くの人が力を尽くしています。
通信を通じて観測を支え、人と人をつなぐ。
島田さんの挑戦は、KDDIが大切にしてきた「つなぐ」という使命を、地球の果てで体現するものでした。
次回は、昭和基地で行われるさまざまな観測を支える通信の役割をご紹介します。 

特別展「大南極展」開催中
KDDIは、南極観測隊発足70周年記念特別展「大南極展」に特別協賛しています。
南極観測の歴史や最前線の研究、南極で働く人々の姿などを体感できる展示会です。
この記事でご紹介した南極・昭和基地や観測隊の活動を、実際の展示を通じてより深く知ることができます。

■開催期間:2026年7月1日~9月27日
■会場:日本科学未来館
■公式サイト:https://dainankyokuten.jp/

特別展「大南極展」
 

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