
エメラルドグリーンの海が人々を魅了する石垣島。その北部にある野底(のそこ)の浅瀬で、絶滅危惧種の海草、ウミショウブが減り続けています。ウミショウブが生い茂る藻場は、魚の産卵や稚魚が育つ場であり「海のゆりかご」とも呼ばれます。
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「地元の海を守りたい」と立ち上がった小学生や地域の人たちとともに、危機に瀕した海の再生に取り組んでいるのが、KDDIグループの沖縄セルラー電話株式会社(以下、沖縄セルラー)です。
今回は、子どもたちと地域の人たちの活動を支える「石垣島みらい藻場プロジェクト」を取材しました。そこには、海の未来を願い行動する人たちの、まっすぐな思いがありました。
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「見ているだけでは悔しい」島の子どもたちの思いから始まった藻場再生
ウミショウブは、国内では石垣島と西表島の浅瀬にしか生育しない海草で、環境省のレッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に分類されています。そして、石垣島で唯一の群生地が野底崎です。
このエリアでは、かつてウミショウブが多くの藻場を形成していました。藻場とは、浅瀬に海藻や海草が生い茂っている場所を指します。
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石垣市立野底小学校(以下、野底小学校)の子どもたちと地域の住民は、この海で2008年からウミショウブの観察を続けてきました。
しかし2020年頃から保護活動で生息数が回復したアオウミガメが、ウミショウブを根ごと掘り起こして食べてしまうようになり、群生地は急速に減少しました。
その様子を目の当たりにした子どもたちの心に「見ているだけでは悔しい」という思いが芽生えます。野底小学校 校長の岡﨑 心一さんによると、この思いが観察を保全活動へと発展させたそうです。
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地元の海と生態系を守る「石垣島みらい藻場プロジェクト」
こうした地域の取り組みを知った東京海上アセットマネジメントが支援に乗り出し、KDDIを通じて沖縄セルラーにも声がかかります。企業による支援が始まったのは2023年のことです。
アオウミガメの侵入を防ぐ保護柵の設置から約1年で、柵のなかのウミショウブは目に見えて回復し、多様な生き物も戻ってきました。
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沖縄セルラーで本プロジェクトを担当する大城 良太は、「生物多様性の回復という成果も出ています」と手応えを語ります。
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「ただし、活動の主役はあくまで子どもたちと地域の皆さんです。彼らの熱意に共感した沖縄セルラーは、柵を維持したり現地での勉強会を開催したりするなど、皆さんの挑戦に伴走させてもらっているパートナーという立場だと思っています」(大城)
2026年7月には、沖縄セルラー、KDDI、東京海上アセットマネジメントの3社が「石垣島みらい藻場プロジェクト」をスタート。このプロジェクトは、石垣島の美しい自然を守りたいと考える多くの人の応援を資金に変えて、地域の活動へ還元していくことを目指しています。
「応援した」という記録を未来へ残す。デジタルアートで支援
自然保護活動における課題は、一度支援を受けても、その後の関心や資金を継続させることが難しい点にあります。沖縄セルラーの大城が思い描く理想は、企業の力を借りなくても、地域の人たちが主体となって活動を続けていけることです。そのためには、多くの人が長期継続的に支援してくれる仕組みが欠かせません。
そこで取り入れたのが、ブロックチェーンに紐づいたデジタルアートを「デジタルの参加証」として販売する仕組みです。デジタルアートは2026年7月から9月にかけて販売され、売上の一部はウミショウブの保全活動や子どもたちの環境学習などに充てられています。
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プロジェクトに長らく伴走してきたKDDIの青木 里帆は、「応援した」という記録が残ることに参加証の価値があると話します。
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このプロジェクトのゴールは寄付金を集めることではありません。
デジタルアートを購入した人は、「自分がこの活動を応援した」という証を持ち続けられます。さらに、ブロックチェーンを用いることで「世界で一つだけの参加証」として残り続けます。
ブロックチェーンとは、たくさんの人で同じ記録を共有しながら管理する仕組みです。
たとえば、「誰が、いつ、どの活動を応援したのか」といった記録を、多くの場所で同時に保管するため、後から書き換えたり消したりすることが難しく、履歴をより確かなものとして残せることが特長です。
「参加証を持つ人と現地とのつながりが続けば、応援や資金も一度きりで終わらないと考えています。デジタルアートそのものを販売したいのではなく、『応援した』という思いや行動を記録し、人と地域を継続的につなぐ仕組みとして育てていきたいです。
たとえば、デジタルアートを購入した東京の人が数年後『あの時のウミショウブはどうなったんだろう?』と、ふと思い出してくれるかもしれません。私たちは、購入後も心の中に生き続ける『つながり』こそ、一過性で終わらない、本当の意味での応援の形だと信じています」(青木)
「もう一度咲かせたい」台風を越えて続く子どもたちと地域の挑戦
保護柵のなかで藻場が回復していく一方、子どもたちも自分たちで考えた対策を試してきました。たとえば、「ウミショウブの根もとに石を置けば、ウミガメが食べにくくなって食害を防げるのでは」という子どものアイデアをもとに実際に石を置いてみたところ、一定の効果があったといいます。
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現地で授業を見学してきた沖縄セルラーの大城は、子どもたちの様子を「やらされている感がないのが、すごくいい」と話します。
野底小学校 校長の岡﨑さんも、この活動を「地域そのものを教材とした学び」と捉えています。
「地域の人や企業など、さまざまな立場の大人とかかわる経験は、環境問題を自分たちの身近な課題として考えられるだけでなく、将来の仕事や生き方について考えるきっかけにもなっています」(岡﨑さん)
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2026年7月には、大型の保護柵のなかでウミショウブが白い花を1、2輪咲かせました。ウミショウブの花をこの地に再び咲かせることは、子どもたちが目指してきた目標の一つでした。
ところが、その矢先の8月初旬、台風13号の影響で大型の保護柵が全壊してしまいます。子どもたちは大きなショックを受けながらも「もう一度ウミショウブの花を咲かせたい」と再び前を向き始めています。
「保護柵の被害を知ったときは非常に残念でしたが、自然を相手にした活動の難しさと大切さを改めて感じました。子どもたちも悔しさやショックを受けている一方で『どうすれば守れるだろう』と前向きに考える姿が見られました。この経験は、粘り強く課題に向き合う大切さを学ぶ機会になったと思います」(岡﨑さん)
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台風の被害は、柵のあり方を見直すきっかけにもなりました。別の場所で試していた閉鎖型の小型柵は、台風のあとも大きな被害を受けずに残っていたのです。台風による被害を受けて小型柵への切り替えを決め、8月に15基を設置しました。新たな保護柵の設置費用には、デジタルアートの売上の一部も充てられます。
30年前から、変わらない想い。沖縄セルラーが、離島の未来に寄り添い続ける理由
沖縄セルラーが、子どもたちや地域の人たちとともに地元の自然保護に力を注ぐ背景には、離島の暮らしに寄り添ってきた同社の歩みがあります。
沖縄セルラーは本土と沖縄の経済人による「沖縄のために」という声から生まれ、1991年に設立された、沖縄地盤の通信会社です。
設立以来、38もの有人島が点在する沖縄で、人口の少ない離島にも通信網を広げてきました。さらに、進学で島を離れる高校生に対する給付型の「離島ケータイ奨学金」の支給や、与那国町でのオンライン診療の実証、沖縄本島と石垣島などを結ぶ光海底ケーブル「YUI」の整備など、通信を活かして島民の暮らしを支えています。
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沖縄セルラーが掲げるスローガンは「地元に全力!」。その一環として、再生可能エネルギーの活用や自然環境の保全に全力で取り組んでいます。
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沖縄の自然を支えるのは、サンゴ礁の海やここでしか見られない生き物の数々です。しかし、野底崎のように生物多様性のバランスが崩れ、豊かな海が失われつつあるエリアも見られます。
単に「自然を守る」だけでは、失われた多様性を取り戻すのは困難です。自然が本来持っている生命のサイクルが再び回りはじめるよう、人の手でスイッチを押してあげることこそが、豊かな海を次の世代へと受け継いでいくことにつながります。
こうした「ネイチャーポジティブ(自然再興)」によって生態系が回復すれば、観光をはじめとする沖縄の産業にもプラスになります。ウミショウブの藻場再生により、海に多くの生き物たちを呼び戻そうとする今回のプロジェクトは、まさに地域の暮らしと経済を守る取り組みでもあるのです。
地元に全力!その根底にあるのは「いただいたものを県民にどう返すか」という思い
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通信会社である沖縄セルラーが、なぜここまで海の保全に力を注ぐのでしょうか。沖縄セルラー総務部 チーフアドバイザーの上江洲 安寿は、沖縄セルラーが大切にしている考え方をこう説明します。
「当社の事業基盤は、沖縄の土地の上に成り立っています。その基盤である自然と、そこに住む方々の生活を守ることが、将来の自分たちの事業にもつながっていくと考えています」(上江洲)
だからといって、成果を急ぐことはしません。
「保全エリアは、地域の人たちが無理なく続けられる範囲で少しずつ広げてきました。企業としての利益を優先するのではなく、あくまで地元のペースに寄り添う姿勢を大切にしています」と、上江洲は話します。
その根底には、創業から受け継がれてきた思いがあります。
「携帯電話の料金は、沖縄県民の皆さんからいただいているお金です。いただいたものをどう返していくか。社員一人ひとりが、そのことを胸に刻んでいます」(大城)
大城にとって、その「返し方」の一つが、子どもたちの挑戦を支えることです。子どもたちが地元のために夢中になれる活動を企業として支え、成功体験や学びにつなげていく。その先には「子どもたちが沖縄を誇りに思い、希望を持ってほしい」という願いがあります。
「自然も、私たちが提供する技術も含め、沖縄に住む人たちみんなにとって住み良い島になってほしい。離島県だからこそ、距離を問わない『通信』で変えられることがまだまだあると感じています」(上江洲)
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「地元の活動を支えること」「現場に足を運ぶこと」「通信で島と島をつなぐこと」。そのすべてが沖縄から受け取ったものを沖縄に返していく営みです。
遠く離れた人々の応援を、石垣島の子どもたちと地域の人たちの活動につなげる。そして子どもたちの挑戦を、沖縄の豊かな未来へとつなげる。沖縄セルラーとKDDIは、これからも「つなぐチカラ」で地域社会と人々の暮らしを支え、ともに歩んでいきます。